松山地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1960年10月28日
原告 船木鷹時
被告 今治市
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、被告は原告に対し金百二十七万三千六百九十二円及び昭和三十五年一月五日以降原告が換地先において営業できる日まで一日につき金千六百五十二円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、
今治市蔵数七百六番地の一宅地二百六十坪十七は同市の所有で訴外宮崎賑はその借地権者、同地上にあつた煉瓦造倉庫一棟八十六坪九合五勺は訴外宮崎清の所有、原告は右建物の占有者であつたところ、土地区画整理法に基く今治市土地区画整理事業の施行による右建物の移転につき昭和三十一年十二月二十八日今治市長田坂敬三郎と前記宮崎両名との間において(1)今治市は宮崎両名に対し総額二百五万八千七百十円の補償金を支払う(2)宮崎両名は昭和三十二年二月二十八日迄に移転を完了する(3)今治市は右以外に該家屋占有者原告に対し営業休止損失補償費その他一切の補償費として金二十一万七千二百五十四円を支払う(4)宮崎両名は原告の移転に関し全責任をもつてこれを行わしめる旨の協定が成立したが、原告との間では協議が行われることなく後日にゆずる旨を申し渡された。しかし原告は被告等の勧告により宮崎等が換地先へ移転する迄暫時肩書地に居住することとなり昭和三十二年六月二十八日前記建物を明渡して肩書地へ移転したのであるが、被告はその後同年七月十日迄に前掲二十一万七千二百五十四円の補償金と一時手当金として金十万円を支払つたのみで換地の交付をしないため原告は営業の再開ができない。そこで原告は被告に対し土地区画整理法第七十八条に基き、原告が換地先において営業できる日迄の営業休止補償金、その他一切の補償金を請求する権利があるが、其の額は、前掲補償金が休業補償百五十日分(一日につき千六百五十二円)一時借家料引越費往復費等の補償とされているので、これを一応補償金の内払として是認し控除することとし、なお残額として、原告が前掲建物を明渡した昭和三十二年六月二十八日より百五十日を経過した同年十一月二十五日から昭和三十五年一月四日迄七百七十一日分、一日金千六百五十二円の割、合計金百二十七万三千六百九十二円及びこれに同年一月五日以降原告が換地先へ移転する迄前記割合による金員を附加すべきものと認めるのが相当であり、被告に対しこれが支払を求めるため本訴に及んだと述べ、なお本件損失補償につき収用委員会の裁決の申請をし又はその裁決をうけたことはないと附陳した。
(立証省略)
被告訴訟代理人は本案前の主張として主文同旨の判決を求め、その理由として、今治市土地区画整理事業は市長が国の行政機関として国の事業である都市計画事業を建設大臣に命ぜられて施行するもので地方公共団体の今治市とは関係がない。従つて土地区画整理事業に関する補償金を求める本訴は施行者である今治市長を被告とすべきであつて本件訴は被告を誤つたものであるから却下せらるべきである、と述べ、本案につき、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張事実中今治市が主張の宅地を所有し、宮崎賑がその借地権者、宮崎清が同地上にあつた主張の建物の所有者、原告がその占有者であつたことは認めるが、その余の点は争う。今治市土地区画整理事業の施行による原告に対する損失補償は既に完了しているものである。
すなわち、
(一) 昭和三十一年十二月二十八日施行者今治市長と前記宮崎両名及び原告との間において本件建物移転につき協定が成立し原告に対する損失補償金は一切で金二十一万七千二百五十四円と決定した。そして右金額及び後に追加された金十万円はいずれも支払済である。
(二) 前記協定と同時に宮崎両名と原告間において宮崎両名が支払をうける補償金二百五万八千七百十円から金七十八万二千七百四十六円を原告に贈与して本件建物よりの立退きによる損失等を補償し、原告が市長からの補償金を合せて事実上金百万円を取得すること等を内容とする協定が成立し、右贈与契約は履行された。
(三) 又右協定と同時に原告は(一)の補償金をもつて昭和三十二年二月二十八日限り本件建物から退去し以後補償に関して一切異議を申立てないことを今治市長に対して約諾した。
以上の次第であるから本訴請求は全く当を得ない。原告は建物の移築がなく休業のため損失を蒙つたとの理由で被告にその補償を求めているが、宮崎が建物を移築しないから原告が他に住居を求めねばならない補償として同人から金七十八万二千七百四十六円の贈与をうけたのであるから今更建物が移築されないことによつて生じた損失の補償など求める筋合ではないのである。移築されないことは当初から承知の上であり又市長からこれ以上補償のないことは原告が当初の補償金額から更に十万円追加支出させた経緯に鑑みても了解済みの筈である、と述べた。
(立証省略)
理由
まず職権をもつて本件訴が適法かどうかについて判断するに原告が本訴において今治市土地区画整理事業の施行により移転すべき建築物等の占有者として土地区画整理法第七十八条に基き右移転により生ずる損失補償金を請求するものであることはその主張から明らかであるところ土地区画整理法は第七十八条第一項に定める損失補償に関する訴訟手続については別段の規定をおいていないが、同法第七十八条第三項において同法第七十三条第二項から第四項までの規定を準用し、損失補償については当事者で協議しなければならないとされ、協議が成立しない場合は土地収用法第九十四条第二項の規定による収用委員会の裁決を申請することができると定められ、其の裁決に不服ある者は同条第九項により一定の期間内に裁判所に提訴しなければならないとされている趣旨から考えると、土地区画整理法は第七十八条第一項の損失補償については、協議が成立しないからといつていきなり裁判所に出訴することを認めるものではなく、右の行政手続を経た後であることを要するものと解するのが相当である。然るに原告が右行政手続を経ることなくして本件訴を提起したことは原告の自ら認めるところであるから本件訴は法定の手続を経ずに訴訟を提起した違法があつてこの瑕疵は治癒されないから不適法として却下すべきものである。
なお附言するに被告が原告主張の宅地を所有し宮崎賑がその借地権者宮崎清が同地上にあつた原告主張の倉庫一棟の所有者原告がその占有者であつたこと、右宅地が今治市土地区画整理事業の施行地区内にあつたことはいずれも当事者間に争のないところ、成立に争のない乙第一、二号証、証人玉井稔の証言により成立を認めうる同第三号証の一ないし三及び同証言を総合すると原告主張の本件損失補償については昭和三十一年十二月二十八日原告と今治市長間において金三十一万七千二百五十四円をもつて協議が成立し(右金額の支払をうけたことは原告の認めるところである)これと同時に原告と宮崎両名間において原告が昭和三十二年二月十五日限り本件建物を明渡しその賃借権を放棄する代償として宮崎両名から金七十八万二千七百四十六円の贈与をうける契約が成立したので原告の同意の下に宮崎等は本件宅地の借地権を放棄し総額二百五万八千七百十円の損失補償をうけ、もつて本件宅地に関する一切の補償手続を終えた事実が認められるから原告の本訴請求はいずれにしても理由がない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤竜雄 仲江利政 礒辺衛)